おやすみ人類 AIについて(ゆめの)

AI(人工知能)と言うと映画『ターミネーター』の様に、時には人類の敵となり、或いは『2001年宇宙の旅』のHALの様に人類の良き友となる存在として認知されていますが、また他にも人類の知能を大きく超越したAIによって人類の力が不要になるのではないかと懸念する声もあります。


確かに、科学・医療・文化等々の進歩新しい発見は人類に無上の喜び尊厳を与えてきたと言えるでしょう。
ノーベル賞や、はたまた将棋やチェスの名人とAIの勝負に一喜一憂する様からもそれが伺えます。
万物の霊長としての自負” AI関連のニュースサイトのコメント欄にはそういった書き込みが多数見受けられますし、私もそれに大いに共感します。



しかし、こういったものに触れる度に私は「現代人はもうゴールしているのだ。しかし、それに気づかずに走り続けているのです」という、ある禅僧の言葉を思い出します。

私達人類はこのAIの完成を以ってゴールとして良いのではないだろうか」と思うとどこか救われる気もします。

万物の霊長というバトンを”彼ら”に渡し、立ち止まり、眠りにつくのも悪くない。
さながら遊び疲れた子供の様に、平穏の中に眠りたい願望が少なくとも私にはあるのだ。

とは言え、まぁ、まだいつになるか分からない話ですけどね。